読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゆとりのゆとりによるゆとりのための正義

「ゆとりですがなにか」

www.ntv.co.jp

今期のドラマの中でも

注目していたドラマです。

 

クドカンさん節、炸裂してテンポ良くて・・・

最高ですね!!!

台詞としては、「ゆとり感じた事ねえから」よりも

「悩みねえ奴は高円寺に来ねえから」がクリーンヒットでした。

 

 

挿入歌の入れ方が飽きがこない感じに入れてきて

うまいなあと(誰目線www

主題歌の「拝啓、いつかの君へ」

www.youtube.com

 

こう耳に残るパッセージを入れ込むセンスが流石で

あと体が動いちゃうリズミカルさは感覚ピエロさんらしさだなあと。

今年売れそうな感じ。ポスト夜ダン的な。

 

MVの田中真琴ちゃんも福田ユリヤちゃんも尊いな・・・

脱線しちゃうので、私の美女採集の話はまた違うところでまとめる予定。

 

作品のふわっとした感想とか主題歌についてとかは

もっと詳しくたくさんの人が語ると思うので私は割愛させて頂いて

ゆとりという爆弾について少し話したいと思います。

 

BGM感覚ピエロさんの「O・P・P・A・I」

www.youtube.com

 

皆さんも音楽に酔いしれながらさらりとゆとり(雨音)の毒吐き読み流してくださいね。

 

 

ゆとり世代って現在の会社での若手~新卒まで網羅しているんですけど、

ドラマ内でも言ってましたが今の29歳から20歳くらいまでを指すみたいです。

ゆとりとは何ぞやという方は以下概要をどうぞ。

dic.nicovideo.jp

 

かく言う私もど真ん中の年齢なんですが、入社した時の空気感的に

ゆるさはあったなと思います(自分で言うなって感じですが、、、笑

 

 

でも、それはどの世代にもある程度あったと思うんです。

学生→社会人っていう空気に誰もがうまく乗れるわけではなくて

学生の空気まとったまま入社して、

それから剥がれ落ちた隙間に組織人っていう鎧纏ってくと思うので。

 

 

でも上司って若者を批判したがるもので・・・

それは自分たちも入社した若手の頃、

上司によく厳しく言われたりしていたからなんでしょうけど。

 

だけれども私は言いたい!!声を大にして言いたいのは、

「打たれ弱い奴昔からいたろーーーーーー

会社すぐ辞めた奴いたろーーーーーーーー」

ってことです。

 

ゆとりってタグができたことで一括りにして批判しやすくなっただけでしょっていう。

妙齢の方々がゆとりという存在ができたことで口撃しやすくなったんだろうなって。

 

人間、自分が良く理解できなものに対してラベル付けして、

魑魅魍魎で摩訶不思議なものをなんとか個別具体的なものとしようとする。

だってわからないものは恐怖だから。

恐怖をなくすためには名称をつけてそれが何者か把握したいと思うから。

 

 

きっと私も私より上の世代も、ゆとり世代以降の世代に対して

社会に出てきた時に今までいなかったような不可思議な若者だと感じるでしょう。

その時、私はせめて彼らをラベル付けして、理解できないものと片付けて、

歩み寄ることを放棄しないでいようと思います。

 

 

こういう違いについて考える時、沢村一樹さんの

「理解できなくてもいいんです。否定しなければ。」

http://axis00.tumblr.com/post/96611980667/tvタックルの話こういう話が出る度に僕は同じことを言ってますが前にnhkでやってた東京カワイイt

axis00.tumblr.com

という言葉をいつも思い浮かべます。

 

 

世代も育った環境も体験してきたことも違う人たちの集団が

会社であり、社会と冠せられたものの実態だと思います。

そこで、他人を否定するのは容易だと思います。

でも、否定からは何も生まれない。

 

だけど、受け入れるっていうのは自分の価値観固まってきてしまっていると

難しいですよね。

だから否定しないっていうのはぎりぎりの選択肢だと思うんです。

ぎりぎりセーフの正義かもしれない。(うまいこと言った??笑

 

まあ受け入れるっていうのが理想ですが、

それができないならば、せめて否定しないで尊重できる人間でありたい。

そういう人が生き残れる社会にしていきたいです。

私が何ができるってわけじゃないけど、

社会全体がそういう風潮になっていったらと思います。

 

 

「ゆとりですがなにか」は今後どう転がっていくか

純粋にドラマ好きとして楽しみです。

そして、今のゆとり批判している世代がゆとり世代以降の世代を

なんと名称付けして批判していくか愉しみです。

そして、せめて私は加担する人間にはならないでいようと思います。