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たぶんそれは、

この書いてない期間に
たくさんのことがあって、
目まぐるしくて、猛スピードで
夏を駆け抜けてます。
生きてるなって、最近とても実感します。


私は昔からちょっと変なところがあって、
生きてることを自認することが
苦しみしかなかったので
夏の暑さで茹だるように酸素の薄い車の中で
呼吸をするときに生きていると感じられて
とてつもなく愉悦を感じていました。
そりゃ親から理解されないだろうよ。笑



今回はillionのライブについて
きちんと言語化させようかと思っております。




7月25日 新木場coast
illionとしては初めてのライブ

はっきり言って曲数的にライブ出来るのか?
みたいな出始めのバンドのライブみたいで
そわそわしてた部分があって。
セカオワの漢字表記時代を想起させられたよ。
(これ伝わる人がいるのか??まあ読んでる人いないよね。笑)


PUNPEEさんのDJでRADかけてくれて
ブチ上がる様を見てやっぱりRADファン多いんだなと思って、
改めてとてもillionとRADの違いを見ねばと思わされて。

ライブの内容については
私より詳しく他の人が書いてくれてるだろうから私は割愛。


その実験性みたいなものは
最初にCD聞いた時から感じていて、
予感として彼がRADというバンドという枠でできないこと。
そういうことをやってみたくてうずうずしている
そんな予兆は映画、本っていうフィールドへの
進出を見ていて確実に感じていて。

それをライブで明言したこと。
それが嬉しいだけの感情ではなかったこと。

勿論それがRADWIMPSの終わりだなんて
誰も口にはしてないけれど、
なんとなくあるのかもしれないと
掠める不安はあって。


他のバンドでも特にボーカルが
ソロで活動するなんてありふれているけれど、
それでバンドの終わりが来るなんてないよね?
って気持ちにさせられてしまうのです。

ただ考えたことは
RADWIMPS=4人でどれだけ音楽を拡張していけるのか
illion(野田洋次郎)=野田洋次郎を他者にどれだけ可能性を拡げてもらえるのか

みたいなことなのかなと
ライブを見ながら考えたのです。
批判とかいらないです。
超個人の勝手な意見なので。笑


ただの考えをまとめておきたかったのに
こんなにも時間が経ってから書いてちゃ
ダメだよなと反省。

ただこれだけ時間が経っても書けるのは
私がそれだけRADWIMPSが好きってことなんだよなあって。

今地元にいて、
特に青春時代懐古しちゃうからかもだけど。
私の青春時代の暗黒の中、
私を生きていくことへ
繋ぎ止めてくれていた大きな1つは
絶対的にRADWIMPSの音楽だから。


2016年の夏を今生きられているのは
高校時代の私が生きることを諦めないで
生きることを選んでくれたからだって
ちゃんとわかってるから。
消えてしまいたかった私を繋ぎ止めてくれて
生かしてくれた音楽だから
たぶん一生、









嫌いにならないよ